4807号 団地の集会室にて

12月7日は北沢ホールの会議室での演奏でしたが、次の日8日は京王線芦花公園駅から少し歩いて着く団地の集会室でした。

もう何度もここに呼ばれています。

入口にはうれしいことにこんなポスターがありました。
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今年はロス・コンパニェロスだけで、持ち時間も1時間(もっとやっても一向にかまわないとのこと)。
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たっぷり歌いました。この写真は同じ場所ですが、実際は位置を変えて“公平さ”を(笑)保ちました。
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私は時間にもよりますが、ちょうどいい時間だと、昼食をどこかでとります。

芦花公園駅周辺には、あまり店がないので、いつも行くとなりの千歳烏山まで足を延ばしました。

「そばきり典座」はいいそばを出します。これは鴨せいろです。
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この店の近くにはおいしいラーメン屋がありますが、客が列を作っていました。

演奏終了後は、主催者と打ち上げをする予定で、やはり隣の千歳烏山の居酒屋へ行くのです。

芦花公園駅の改札を入り、先頭の私が左側の階段を降りようとしましたが、張替さんが「こっちだよ」と右側のホームに向かうべく階段を降りました。

「違うんじゃ・・・」と思いましたが、すぐに気が付くと思い、あとについて行きました。

ホームで電車を待つのですが、反対側のホームには行き先表示板が出ており、次が千歳烏山と書いてあります。

いつになったら気が付くのかと“楽しんで”いましたが、とうとうやってきた電車に乗ってしまいました。

八幡山、上北沢、桜上水とだんだん新宿に向かって進んでいきます。

次は下高井戸です。

アナウンスがあり「世田谷線は乗り換えです」、ここで初めて気が付きました。

「戻らなきゃ!」というので、「私は帰ります」と。

ここまで来たらもうもどりますよ、それに打ち上げの場所があそこじゃねぇ・・。

主催者側の主役のおばちゃんが都合で来られなくなった打ち上げ、どうなったのでしょうか。













4806号 北沢タウンホール会議室

下北沢の北沢タウンホールは、何度も行っている場所です。

音楽関係のイベントでは「下北沢音楽祭」です。

ホールのほか、会議室などいくつもあり、社協関係で呼ばれることもあります。

呼ばれるのはいつもロス・コンパニェロスとしてですが・・・。

この日は「北沢川文化遺産保存の会」という専門的な集まりで、もう3,4回呼ばれていました。

この会の設立15周年となった12月7日、呼ばれて演奏しました。

名前からすると難しそうな会ですが、雰囲気は和気あいあいで親睦会のように見えます(失礼!)
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地域に限定している研究会なので、よその地域の人はあまり興味を抱くことはないでしょう。


7時に演奏がスタートし、持ち時間は約30分ですから、あっという間に終わります。
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今日は、ときどきご一緒する、女性ボーカリストの方も呼ばれています。彼女は「アマポーラ」を歌いました。
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そしてこの後、全員で「四季の歌」を合唱で、最近この歌が定番化してきました。

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明日は芦花公園の団地で歌います。

4805号 「白浪五人男」(2)

二幕目第三場「稲瀬川勢揃いの場」では、盗賊5人を召し取りに来た捕り手を前に、五人組が派手な衣装で“自己紹介”するのです。


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一人ずつ「渡りセリフ」(登場人物が次から次へリレー式に分けていうセリフ)で見得を切り、縁語や掛詞を駆使した七五調でリズミカルに名乗るセリフは、歌舞伎の様式美の傑作です。

一人目:日本 駄右衛門(人には情けの賊徒の首領)
問われて名乗るも おこがましいが
産まれは遠州 浜松在
十四の年から 親に放れ
身の生業(なりわい)も 白浪の
沖を越えたる 夜働き・・・・・

二人目:弁天小僧 菊之助(女に化けた美人局)
さて其の次は 江の島の
岩本院の 児(ちご)上がり
平生(ふだん)着慣れし 振袖から
髷(まげ)も島田に 由比ヶ浜
打ち込む浪に しっぽりと
女に化けた 美人局(つつもたせ)・・・・

三人目:忠信 利平(西に東に神出鬼没)
続いて次に 控えしは
月の武蔵の 江戸育ち
幼児(がき)の頃から 手癖が悪く
抜参りから ぐれ出して
旅を稼ぎに 西国を
廻って首尾も 吉野山・・・・

四人目:赤星 十三郎(元は小姓の美少年)
又その次に 連なるは
以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)
故主(こしゅう)のために 切取り(きりどり)も
鈍き刃(やいば)の 腰越や
砥上ヶ原(とがみがわら)に 身の錆を
磨ぎ直しても 抜き兼ねる

五人目:南郷 力丸(漁師が転じた船強盗)
さてどんじりに 控えしは
潮風荒き 小ゆるぎの
磯馴(そなれ)の松の 曲りなり
人となったる 浜育ち
仁義の道も 白川の
夜船へ乗り込む 船盗人(ふなぬすびと)・・・・・

暇な方はこちらをどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=AN_ENTBmZ0M


4804号 「白浪五人男」(1)

「白浪五人男」は歌舞伎の演目で「青砥稿花紅彩画」(あおとぞうし はなの にしきえ)といます。

江戸末期、河竹黙阿弥の作で「黙阿弥調」とも呼ばれる華美なセリフが魅力です。

子供のころ歯医者の待合室になにか雑誌が置いてあり、そこに歌舞伎のセリフが書かれていました。

歯医者に行くたびに、そのセリフを読み、覚えてしまいました。

「白浪五人男」の注目セリフは、「浜松屋の場」での弁天小僧の啖呵と、最後の「稲瀬川勢揃いの場」で五人男が順番に自分を名乗るシーンにあります。


浜松屋で買い物中、万引きしたようにわざと見せかけ、実はそうではなかったのを「どうしてくれるんだ」と店を咎め、金をゆすろうとしますが、女ではなく男だとバレてしまい、啖呵を切り始めます。
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知らざあ言って 聞かせやしょう
浜の真砂と 五右衛門が
歌に残せし 盗人(ぬすっと)の
種は尽きねぇ 七里ヶ浜
その白浪の 夜働き
以前を言やぁ 江ノ島で
年季勤めの 児ヶ淵(ちごがふち)

百味講(ひゃくみ)で散らす 蒔銭(まきせん)を
当てに小皿の 一文字
百が二百と 賽銭の
くすね銭せぇ だんだんに
悪事はのぼる 上の宮(かみのみや)
岩本院で 講中の
枕捜しも 度重なり
お手長講と 札付きに
とうとう島を 追い出され
それから若衆(わかしゅ)の 美人局(つつもたせ)
ここやかしこの 寺島で
小耳に聞いた 祖父(じい)さん
似ぬ声色(こわいろ)で 小ゆすりかたり
名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧
菊之助たぁ 俺がことだ

「祖父さんの」という個所は、役者によって変えています。

有名なのは「とっつぁんの」ですが、これは以前に演じた役者がだれかで、祖父なのか父親なのかで使い分けしているいわゆる“遊び”です。

<続く>

4803号 打ち納め⁉

今年はあまりゴルフに行けませんでした。

まぁ歳を重ねればそういうことになるのでしょうが、それでも時々のラウンドで調子が出ないクラブは、入れ替えることがあります。

今回はU4を出して、ゴルフダイジェストネットショップで買った中古のFW7を入れてみました。

中古とは言え、見かけはそれほど古いとは見えません。


12月6日、おそらく今年最後のラウンドでしょう。

年間4回ほど開催されている、中学校時代の友人たちとの楽しいゴルフです。

場所は霞ヶ浦国際で、いつものコースです。

距離は自宅から60kmと近いし、渋滞がないので往きは快適です。

先に来ていた人と、レストランでコーヒーを飲んでいると、本日の参加者から電話です。

「圏央道の幸手の辺りで、渋滞で動けない。遅れても必ず行く。」でした。

幸いスタートまで間に合い事なきを得ました。

朝方は寒かったのですが、そのうち陽が出てきて風もなく快適でした。

スタート前に撮った写真です。

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ラウンド終了後、簡単な表彰式を行い、お開き直前、次回の日程を決めました。


4802号 上野公園は・・・

私は上野公園が好きで、ことあるごとに訪れます。

上野公園は正式には上野恩賜公園といいます。

恩賜とはなんでしょうか。

ウイキペディアによると、
<1924年宮内省から東京市に下賜され(払い下げられ)、この経緯から「上野恩賜公園」という名称となった。>と書かれています。


公園の敷地面積は53万㎡で、東京都建設局の管轄となっています。

公園内には、東京国立博物館、国立西洋美術館、国立科学博物館、上野の森美術館、東京都美術館、そして上野動物園などの文化施設が集まっています。

また彫刻家高村光雲作の西郷隆盛像があります。

上野東照宮、寛永寺、徳川家霊廟、藤堂高虎墓、上野大仏、摺鉢山古墳、彰義隊墓所、時の鐘、五條天神社そのほかにも書ききれないほどあります。

まさに文化と歴史の集合地と言えるでしょう。
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国立博物館について、私が子供の頃でしたが、母親は「帝室博物館」と呼んでいました。

1902年に出来た見るからに頑丈な建物です。



12月3日「ハプスブルク展に行ってきました。

この日は比較的すいていたと思います。
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次回ここ上野公園に来るのは、このポスターですね。
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4801号 PCは要りません!

カミさんのPCを新しくしたため、今まで使っていたPC(W7)が押し入れに入れてある。

近所の親しくしている知人の夫婦は、やっとスマホを使うようになった。

先日旦那の方に、聞いてみた。

「PCが余ってるけど使いません?」

PCがあればナニができるカニがわかると説明したが、彼は全くその気はない。

会社時代、課長以上の各人にPCが配られた時も、隣に座っている女子社員に全部やらせていたとか。

彼に話す前、もしもらうと言ったら、あとはWifiの機器を揃えればOKだと説明しようとしていた。

「今の時代、様々な情報が得られ、なんでも検索ができるインターネットに背中を向けることなど、もったいないのでは」と説得したがダメだ。

ならば奥さんを説得と話を切り出すと、「もう30年もキーボードを使っていたからもう見たくもない!」とつれない返事。

奥さんはPCでインターネットを使っていたのではなく、ワープロの仕事として使っていたようだ。

結局説得は失敗し、予想通りの結果となった。

そういえばほかにもPC・スマホ・インターネットにまったく無縁な輩がいる。

よく考えると、そんなものは無くても普通の生活に支障はない。

使って見れば便利なものなのだが、その良さはわからないままで一生を終わるのだ。

4800号 足の爪

足の爪を切るのはひと苦労です。

指の爪は結構早く伸びますが、足の爪は遅いです。

1か月くらいでは爪を切りません。

伸びるのが遅いのに加え、爪切りを近づけて切ろうとしても、なかなかうまくいきません。

大体その姿勢に無理があります。

食事の後ではかがむと苦しいです(笑)。

左足の人差し指(と呼んで正確なの?)の爪が黒くなっています。

対馬・壱岐・五島列島旅行で履いて行ったスニーカーが、まだ新しかったので、ぴったりフィットしていなかったのかもしれません(あの山の上のお寺の帰り道、階段を降りるのに負担をかけたかも)。

落語のまくらにこんな川柳があります。

  居候 足袋の上から 爪を切り


足の爪切りについてネットを見ると、「足の爪(特に親指)は丸く切ってはいけません。足の爪はまっすぐ切りましょう。」

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先端はまっすぐでいいとは知りませんでした。


4499号 中曽根康弘

首相というのは、いつの時代でも必ず批判の対象となる。

田中角栄は当時は「金権政治」と批判がひどかった。

中曽根も同じだ。

「政界風見鶏」だとか、田中角栄のいいなりで「田中曽根」などと揶揄されていた。

しかし今になると、二人とも名宰相のような伝え方をする。


マスコミというのは、今のことを批判する。

私はこうした批判をする人にいつも質問する。

「じゃ今までのどの首相が良かったと思うのですか?」

解答できるはずもない。

政治家の本当の評価は、死後何十年も経たなければわからないということだ。

マスコミは将来のことはわからないから、現状の動向を責める。

4498号 浦和へ

今年はとにかく同窓会的な会合が多くありました。

3月には元の会社が消滅して20年になるので、70人くらい集めて懐かしい場所で楽しい時間を過ごしました。

そして高校の同期会が母校でありました。

10月には早稲田のY組の連中が集まり、母校見学と、歌舞伎町のいつもの中華で数時間過ごしました。

また10月後半には、中学校の同窓会でした。

ここで私が感じたのは、クラス別で担当している同窓会開催が、そろそろ難しくなるだろうということ。

もう全体4組での合同開催でいいのではと思います。

それから先日の、大学のサークルの仲間との会食。

そして11月最後の土曜日には、浦和の仲間10人との飲み会です。

最近は居酒屋ではなく、ちゃんとした会席料理の店でやるようになりました。

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何度も通っていますが、いい店ですね。

2番目に出てきたのが、松茸の土瓶蒸しで、最近は食べていないので感激です。
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話題は定番の病気から始まり、認知機能検査のこと、LINEを知らない人への説明など、また干し柿を作ったり漬物を漬けている人の蘊蓄、ゴルフ、スマホ決済(誰もやってない)、車の運転、ブラタモリ・・・多岐に亘っていましね。

今年の同窓会的会合はあとひとつ残っています。

ブラジルに赴任していた稲門会と三田会の人たちの集まりが、12月の最後の土曜日にあります。


4497号 スマホ中毒

映画館で上映中にスマホを見る若者がいるとテレビで問題視していた。

私が行く映画館では、そもそも若い人はいないし(笑)、上映前に注意のアナウンスがある。

映画館により、そのアナウンスの注意には強弱があるが、一番厳しい所は「マナーモードだけでは、着信時バイブの音が鳴ると周囲にも聞こえる。電源は必ず切ること。」

上映前には、スマホをチェックしている人はいるが、暗くなれば誰も見ることはしない。

ここ数日、ゲーム障害の話題が出ている。

1日6時間以上ゲームに没頭している若者もいる。

3日も寝ずにやっているという若者は、心神喪失状態に陥るとか。

駅のコンコース、そしてエスカレーターなど、手にスマホを持っているのは、男性より女性が多い。

先日ラッシュアワーの東西線に乗った時、体が傾いたままスマホをいじっている人がいた。

若者とは言えない年齢だった。

一体何を見ているのか興味を持つ。

こうなると中毒患者としか言えない。

そして運転中のスマホ操作は、無関係の人を傷つける恐れがある。

12月から、スマホを見ながらの運転に罰則が厳しくなった。

以前にも書いたが、こうした中毒患者は、これから様々な体(目、脳、指)の障害が出て来るに違いない。

しかしそれを抑えるすべはもうない。

ある日のJR線のキティちゃん。あまりにステキなので、こっそり盗撮です。顔は消してあります。
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4496号 50年続く会合

早稲田大学時代のサークル「ラテンアメリカ協会」の昭和40年前後の学生がOBとなり、以後1年に一度忘年会的会合を続けています。

今年も新橋の新橋亭で中華を食べながらの歓談。

いつもの5階の部屋が取れず、7階の狭い部屋、というのはこの日はお客が混んでいたようです。

お店の「言い訳」・・・「みなさんお年ですから、狭い方がよく聞こえるのじゃないですか?」だって。

笑って笑ってあっという間に時間が過ぎてしまいます。

この写真は誰かが持ってきたもので、歴史的なものです。土肥海岸で夏合宿したときのもので、自分で自分がどれだかわからないという古いもの。友人がお前はこれだよ、これはあいつ、と指摘してくれました。一番右の立っているのが私だそうです(笑)。
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恒例の一言タイムで、近況を話します。病気も多いですが、まだ現役で会社に行っている人もいます。
フルマラソンを走っている人、死にそうになった人、文筆業の人・・・・、さまざまな話が聞けました。

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たしか全員撮ったつもりですが、写真は19人。事前に人数を数えたら20人いたような気がします。
もし漏れていたらごめんなさい。

静岡から出てきた影山君。相変わらずのキャラでした。
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4495号 肖像権

最近旅行に行ったとき、また美術館での絵画の撮影(許されている場合)時に、注意されるのは「よその人を映すと肖像権とか言われることがあるので、なるべく人を写さないように・・」です。

そう言われると注意してシャッターを押すのですが、人がたくさんいる場面では必ず映してしまいます。

実際、クレームを受けることなんて、あまりないのではと思いますが、主催者としては一応ルールなので、注意を喚起するのでしょう。


ドラマで街なかのシーンがありますが、通行人はおそらくエキストラなのでしょう。

散歩番組や、ぶっつけ本番と言われている番組に出て来る市民はどうなのでしょう。

おそらく皆、放映するについては了解を取っているに違いありません。

そこで考えるのは、ニュースの映像で映ってしまう人物です。

よく東京駅から歩いて来るビジネスマンたちは、クレームをつけないのでしょうか。

肖像権とかの違法性はないのでしょうか。

もし新宿駅の中継で、たまたま映ってしまった不倫カップル(笑)は、バレてしまって・・・。

こんなケースで肖像権を振りかざす人はいないか・・・。

肖像権を盾になんでも禁止というのはどうなのかと思います。


4494号 なぜ朝鮮は滅びたのか(2)

前日よりつづく

著者はこのような理由を掲げるが、中でも最大の理由を儒教だとし、次のように述べている。


<儒教こそ李氏朝鮮を腐らせた最大の原因だった。李朝の太祖となった李成桂が、朝鮮を中国の属国とするとともに、それまで高麗の国教となっていた仏教を徹底的に弾圧して、中国の儒教をそのまま取り入れて、新しい国教としたことが、漢民族を5世紀にわたって、北東アジアの病人とした。儒教が李氏朝鮮にとって死に至る病いとなった。
今日でも、儒教は韓国人の心理と行動様式を束縛している。儒教は韓国人にとって呪いであり、大きな災いをもたらしてきた。韓国のマスコミが自国を自嘲して「腐敗共和国」呼ぶが、賄賂が上から下までまかり通り、人々の公徳心がきわめて薄いのは、儒教から発する病である。

儒教は人間関係をあるべき型にはめて規定することによって、人の行動を律する教えの体系である。
朝鮮では儒教のもとで、父親と息子の「孝」に基づく関係が、何よりも重視された。これは君臣関係や主従関係よりも大切なものとされた。>


著者崔基鎬はこう語る。
「我が国(韓国)の人々の多くは、日本統治が犯罪行為であったと力説するが、それは事実を知らない盲説と私は信じる。
あの時代を理性的に振り返ってみれば、いかに日本統治が朝鮮の近代化にプラスになったか。
日韓併合が韓国民を救済し、韓国に今日の繁栄をもたらした。
もし韓民族が中国の属国であり続けたとしたら、あるいはロシアの支配下に置かれたとしたら、今日の韓国の発展はありえなかった。」

そしてこう付け加える。
「北朝鮮はまさに李氏朝鮮が蘇ったものだ。民衆は圧政のもとで、極貧と飢餓状態に陥って、李朝時代に逆戻りしている。世界の中でただひとつ鎖国を行い、自国民を虐殺し他国民を拉致している。」
「今日の北朝鮮は李朝末期に酷似している。いまだに韓国の方も“李氏朝鮮病“にとりつかれているものの、北朝鮮は病状が重く、いまや臨終の状況に立ち至っている。私は日本がこの体制を、愚かにも支援しない限り、金体制は短期間のうちに命脈が尽きて、倒れることになると思う。」

著者は本(2003年)の中で、朝鮮・韓国と徳川時代から明治にかけての日本を比較している。

李氏朝鮮および現在の韓国をことさら批判する一方、近代化に早々と成功した日本を持ち上げすぎているように思える。

明治日本の近代化について、それは事実なのだからそのまま受け止めたいが、あまり褒められると、なんだかくすぐったいような気持になる。

4493号 なぜ朝鮮は滅びたのか(1)

ここでいう朝鮮は、14世紀から500年以上続いた李氏朝鮮のこと。

李氏朝鮮がなぜ滅びたのか、この本(2003年)の著者崔基鎬(チェ・キホ)はこう述べているので概略まとめて紹介する。
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理由1.
李氏朝鮮は1392年から1910年、518年にも続いた長寿王朝だった。
初代の李成桂(イソンゲ)は高麗が仏教を国教としていたのを弾圧し、儒教のなかでも最も原理主義的といわれる朱子学を国教にしたこと。
儒教の徳目、孝、仁,義、忠の四つのうち、朝鮮は「孝」を最上位に据えた。
そのため儒教の価値体系が、血縁社会という内向きに向かった。
このことが「勢道政治」を生むことになる。
「勢道政治」は日本語にはない言葉で、一つの家門が政治を独占し、一族で権力を私するという意味で、一族の利益のほうが、公益より優先される。

一方日本では海外から物事を取り入れる場合、いつでもそうするように、日本に都合の良い解釈をし、儒教の本来、つまり「孝」を最上位とせず、すべての徳目が「忠」から発するとした。



理由2.
次の理由は、両班制度と科挙の存在であった。
科挙(国家試験)を受けて官僚になったが、次第に特権化・世襲化していく。
農民や商人、手工業者にも科挙の受験資格はあったが、実際は閉ざされていた。
この結果階層の流動化が乏しく、社会が停滞して活力が失われた。
さらに李朝半ばをすぎるころから、官職の売買が公然となされ、賄賂が横行するようになった。
国王と両班は権力闘争に明け暮れ、農民を中心とした民衆からは徹底的に搾取し、国の経済が疲弊するのを顧みず、浪費と贅沢三昧に耽った。

理由3.
国王から地方官に至るまで、血縁地縁による閉鎖的なグループを形成し対立を繰り返した。
李朝末期の大院君vs閔妃の対立はその典型。
両派は親清派、親露派に分かれ、血を血で洗う抗争をつづけた。
また時には状況により親日派にも変貌した。
末期症状をさらに悪化させたのは、大院君の息子26代国王高宗が愚昧で酒色におぼれ、国政を一向に顧みなかったこと。
国王高宗は一時ロシア公館に逃げ込んで保護されたこともあった。
そのうえ、列強の圧力に対しても、なんら打つ手がなかった。近代化の必要性を感じて、動き始めた開化派は守旧派に抹殺された。

著者はこのような理由を掲げるが、中でも最大の理由を儒教だとし、次のように述べている。

つづく

4492号 ローマ教皇

ローマ教皇が来日され、長崎・広島を訪れ、翌日には天皇陛下と会見しました。

メディアはやっと名称を法王から教皇に変えました。

大分イメージが変わったと思います。


17年に観た映画「ローマ法王になる日まで」について、このブログ3695号で書きましたが、もう一度公開します。


<ローマ法王(教皇)と言われる人が何人いたかネットで調べると、初代のペトロから現在のフランシスコまで267代の教皇がいます。

初期のころは「教皇はペトロの代理者」とされていましたが、時代が下るにつれ「イエスキリストの代理者」ということになり、その権威が増します。

教皇はカトリック教会全体のトップであると同時に、世界最小国バチカンの首長、つまり国家元首でもあります。

現在のフランシスコはアルゼンチン人です。

南北アメリカから選出されたのは、彼が初めてで画期的なことでした。

映画「ローマ法王になる日まで」を観ました。


大学で化学を学んでいたベルゴリオ(本名)は、イエズス会に入会し、35歳の若さでアルゼンチン管区長に任命されます。

ところがこのころのアルゼンチンは軍事政権で、ビデラ大統領の独裁から、多くの市民が反政府の嫌疑で捕えられます。

教会も弾圧の対象になりますが、この苦難の道が、ベルゴリオの信仰の強さや勇気をより堅固なものにしていきます。

そしてコンクラーベにより、フランシスコ教皇に選出されるのです。

教皇は絶大な権力を保持していますが、フランシスコは教皇専用の住宅には住まず、もっと小さい部屋で暮らしていると、ローマへ行ったときガイドが説明していました。


フランシスコはそういう人ですが、歴史的には相当ひどい教皇もいたようです。

なにしろ「権威と権力」を持っているのですから。

どの宗教でも、権威と権力をもつと、間違った方向に行ってしまうことがあります。

それは人間の性(さが)なのでしょう。

カトリック教徒でなくとも、この映画は観てほしい映画です。>


http://www.synca.jp/roma-houou/

以上3695号の記事を再公開しました。

4491号 無断駐車

22日、午後から雨が降り、寒い日になりました。

買い物に出かけ、次の買い物のため、私が契約している家とは別の駐車場に車を停めようとしたら、知らない車が入っていました。

シルバーのクラウンです。
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本当に稀なことですが、そういうことがかつてあり、その際はクラクションを鳴らすと、どこからか慌てて人が出てきました。

今回もそうだろうと、クラクションを何度も鳴らしましたが一向に反応がありません。

しばらくすると近くのマンションから人が出てきて、こう言うのです。

「この車いつも停まってますよ」

すぐに警察へ電話しましたが、到着した若い警察官は、車のナンバーから所有者は特定できるが、あくまでも私有地内のことなので・・・。(民事不介入)

連絡はしてくれそうですが、管理会社にも連絡した方がいいと、アドバイスしてくれました。

その間、警察官とは表に立って対応しましたが、雨降ってる、寒い、オシッコしたい・・・。

管理会社に電話をすると、20分くらいして来ました。

雨なので紙では濡れてしまうため、プラスチックの透明な・・・(名前が出てこない)、車の全面ガラスにおいてくれました。

文章を読むと、ちょっとゆるいんじゃないかと思いましたが、お礼を言いその場を離れました。

その後4時半ごろ店に用事があったので出かけてみると、まだ置いてあります。

最初に見たときは、腹が立ちゴルフクラブが1本車にあったので、これでぶっ叩きたくなりました。


よく駐車場の看板に、無断駐車は何万円とか、即レッカーで移動とか書いてあります。

管理会社の人に「レッカーは?」と聞くと意外な返事が返ってきました。

「ウチでもレッカー会社を探しているんですが、なかなか・・。というのはこういう無断でやる人は、レッカー移動すると、『こんな傷はなかった、どうしてくれるんだ』と食ってかかるんです」

腹いせにイチャモンをつけるので、レッカー業者も二の足を踏むというのです。

あの“警告文”の効果があればいいのですが、しばらく様子を見ます。

4490号 石坂ゴルフ倶楽部

毎年年2回開催されている「天地会ゴルフ」

浦和高校16期生の仲間が楽しむイベントです。

この日(21日)には、20人も集まりました。

当初はもう一人参加する予定でしたが、都合がつかなくなり5組でラウンドです。

これがクラブハウスのエントランスです。
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どこかのゴルフ場とは異なり、入口には係りの男性二人が待機していて、キャディーバッグを車から降ろしてくれます。

私は朝6時に家を出ました。

途中三好PAへ寄り、買ってあったサンドイッチを食べて朝食です。

現地に着いたのは7時半、集合時刻は8時45分でしたから、私が一番だろうと思いながらロビーに入ると、なんと幹事のI君が机に座っていました。

会費の4000円を払うと、「7時に来た奴がいる」と言うので、改めてジイサンたちは早起きでせっかちなんだと、自分のことは棚上げにして感心しました。
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OUT1番のティイインググランドから見たクラブハウス。
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今日のグリーンのスティンプメーターは10フィート、速いです。

7月にこのゴルフ場で開催された「センチュリー21レディスゴルフトーナメント」ではどうだったのか聞きました。

当日のグリーンは9から9.5フィートだったそうです。

プロの試合より速いグリーンで、その上起伏も複雑で上につけたら大変です。

ちょっと触っただけで、はるか向こうまで落ちていきます。

ボールが止まらずに、行ったり来たりするメンバーもいました。

今日のキャディさんはよかったですね。

普段セルフでやっているので、こういうゴルフ場は楽が出来ます。

終了後コンペルームで表彰式があり、「また来春の再会を楽しみにしている」との司会者の言葉を最後に、ゴルフ場を出ました。

帰りは渋滞が何か所かあり、86kmしかないのに、2時間かかりました。

4489号 奇数月は「TEPITO」

奇数月の第三水曜日は下北沢のメキシコレストラン「TEPITO」に出演しています。

2か月おきなのにすぐにその日がやってきます。

今月20日は伊藤君がお休みです。

年齢を重ねると、体のどこかに問題が出て、この店のように立ち続けて演奏するのはきついとのことでした。

HOTコロッケで先月の「クラシックの日」で歌った時も、椅子に座ってやりました。

他の出演先なら、そうした方法がとれるので大丈夫ですが、TEPITOだけは狭いしお客がいっぱいなので無理ですね。

そのためトップボイスの負担が張替さんにのしかかります(笑)。

私の仕事は同じなので、問題はありません。

午前中「認知機能検査」に行き、帰宅してギターの弦をチェックし、カメラの充電をしたり、衣装をバッグに詰めたりして準備しました。

すこし早めに着き、かるくお腹に入れ、いつものように4時半に鉄人カラオケに行きました。

当日のレパをおさらいします。

今日は「TEPITO」の1Fも2Fもいっぱいで、しかたなく3Fへ上がって準備しました。

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写真を何枚かお願いしたのですが、うまく撮れていませんでした

ラテンファンが上も下にもいるので、当方も乗りに乗り、上がったり下がったり休みなく歌いました。

無事終了し、あらかじめ演奏が終わったら私はすぐに失礼しますと、ママさんには前日にLINEしてありましたので、すぐに店を出ました。

帰宅して明日の準備です。明日は高校の定例ゴルフコンペで、鳩山町まで行かなくてはなりません。



4488号 認知機能検査

来年免許の更新があり、そのための手続きとして最初にやるのが「認知機能検査」なのです。

それが終わると次に「高齢者講習会」があり、最後に運転免許試験場へ行って通常の手続きをすれば更新ができます。

更新終了時期の半年前に更新のお知らせハガキが送られてきます。

私は4月生まれなので11月の中旬に来たわけです。

人の話では「とにかく混雑していて電話がなかなか通じないから、ハガキが来たら早く申し込まないと」と言われ、早速電話しました。

まずはお話し中です。

何回もかけましたら、繋がりました。

どこがご希望ですかと聞かれたので、江東試験場と答えました。

もらった日程は翌週20日でした。

印象としては意外と早く申し込めたのではと思います。


訪れたのは20日の江東試験場。
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着いたのは8時半ごろでしたが、もう係りの人が待っていて、名前の確認をして「あそこでお待ちください」です。

ソファが並べてあり、廊下の上にはこのサイン。
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正面の壁にはなんと「寝るな」と書いてあります。
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9時半に部屋に招き入れられ、そこに10人の“受験生”が並んで座りました。

”試験官”の話す日本語は(笑)、丁寧でゆっくり大きな声でした(立派です)

”試験官”が「私の声が聞こえますか?」と全員に確認するのですが、一番前に座っていた80代のおじいちゃんが無反応で、そのおじいちゃんに向かってもう一度声をかけると、首を縦に振りました。

問題用紙と、解答用紙が配られ、問題用紙は左に、解答用紙は右に置くように指示されます。

「まだめくらないでください、ボールペンを持たないで」とか細かい指示が続きます。

「はい、それではまず右側のページを開いてください」

で、必要な事項を書き込みます。

終わると「それでは左側の問題用紙を開けて・・」

簡単な質問というか、そんな問題とは言えませんが記述します。

問題の中には、事前に見せられた絵を、後から思い出して書くというのがあり、これが難物でしたがすべて解答できました。

「はいやめてください!」、解答用紙は回収されます。

回答を別室で採点している間、これから免許更新に必要な「高齢者講習会」の説明がありました。

10人中、2人はもう来月申し込まないと間に合わない人でした。


家に戻り、瑞江の教習所に電話しました。

「高齢者講習を受けたいのですが・・」
「お名前は?、認知機能検査の成績は何点でした?、それから点数の上に書いてあるものを読んでください・・・・」

とか質問されたので申し込めるのかと思ったら、
「1月はいっぱいで、2月の募集はまだしていません」
「いつから申し込めるんですか?」
「まだわかりません、明日から毎日電話していつから出来るか確認してください・・・」

オイオイそんなら初めからそう言えよ、いろいろ聞くなよ。

日数はたっぷりあるし、時間をつくって、電話しまくろう!


4487号 江戸の華(2)

前号より

火事の原因には狭い長屋で調理に薪を使うことや、行灯などの裸火、そして様々な動機による放火である。

膨大な人口が居住することによる建物の密集では、ひとたび火事が出るとすぐに燃え広がる。

また江戸は「裏店の世界」であり、独身男の長屋暮らしが多く、酒の寝煙草により火元管理が難しかったことも原因の一つとして挙がられる。

困窮した下層民の存在は、放火を誘発しがちなのだ。

一方大阪は「商家の世界」であり、商家に住み込む丁稚・手代らに厳しく火の用心をたたきこんでいたため、火事が少なかった。


江戸時代初期の幕府重臣たちは、大火の原因が強風などに乗じた放火犯の所業にあると考え、将軍や江戸城の防備を第一に対策を立てた。

そのため町人が居住する地に対する火事対策は、ほとんど考慮されていなかった。

しかし町人の力が増大するにつれて、幕府の対策にも変化があらわれるようになり、8代将軍徳川吉宗による「享保の改革」では江戸全域を対象とした幅広い火事対策が行なわれている。

幕府の対策としては、消防組織である火消の制度化、厳罰を科すことによる放火の抑制、大名屋敷や寺社の移転による火除地・広小路の確保、瓦葺や土蔵造りの採用による不燃化の推進などが行なわれた。

人口の増加に対しては、天保の改革により天保14年(1843年)に「人返しの法」を出したものの、大きな効果はあげられなかった。

ちなみに「人返しの法」とは、江戸の一極集中を避ける意味で、住民を農村に戻す政策だった。

東京一極集中は現代も続いており、相変わらず解決できない課題だ。

4486号 江戸の華(1)

「火事と喧嘩は江戸の華」と言われていた。


辞書ではこう解説している。
<江戸は大火事が多くて火消しの働きぶりがはなばなしかったことと、江戸っ子は気が早いため派手な喧嘩が多かったことをいった言葉。>

喧嘩はともかく、火事はどうして江戸の華なのか。

江戸では267年間で49回もの大火が発生した。

同じ267年間で京都が9回、大阪が6回、金沢が3回などであり、比較して江戸の多さが突出している。

大火でこれだから、小さいものを含めると1798回もあった。

江戸時代最初の100年で269回、次の100年で541回、大政奉還までの67年には986回を記録している。

だんだん増えているのは、人口の増加、つまり江戸の繁栄につれて火事の回数も増えたということだ。


最大の被害が生じた火事は「明暦の大火」(1657年明暦3年旧暦1月18日から20日)いわゆる「振袖火事」である。

山の手3箇所から出火し、両日とも北西風により延焼。

江戸の大半が被災し江戸城天守、本丸、二の丸、三の丸の各御殿を焼失した。

死者10万7千人という、江戸時代最大の被害を出した大火で、以後江戸の都市計画や消防制度に大きな影響を与えた。

この火災の特徴は火元が1か所ではなく、本郷・小石川・麹町の3か所から連続的に発生したこと。

最初の火災が終わろうとしているところへ次の火災が発生し、結果的に江戸市街の6割、家康開府以来から続く古い密集した市街地においてはそのすべてが焼き尽くされた。

3回目の出火は次のようだった。

<1月18日14時ごろ、本郷丸山の本妙寺より出火。
神田京橋方面に燃え広がり、隅田川対岸にまで及ぶ。
霊巌寺で炎に追い詰められた1万人近くの避難民が死亡、浅草橋では脱獄の誤報を信じた役人が門を閉ざしたことで逃げ場を失った2万人以上が死亡。

1月19日巳の刻(10時ごろ)、小石川伝通院表門下、新鷹匠町の大番衆与力の宿所より出火。
飯田橋から九段一帯に延焼し、江戸城は天守を含む大半が焼失。
1月19日申の刻(16時ごろ)、麹町5丁目の在家より出火。
南東方面へ延焼し、新橋の海岸に至って鎮火。>

現在の回向院は、この火災による被害者の供養のために建てられた。

時の老中筆頭(首座)松平信綱は従来からの合議制を無視し、首座の権限を強行し、大名の参勤交代停止や米相場高騰に対する対策を講じた。

この「明暦の大火」は別名「振袖火事」とも言われている。

私は「八百屋お七」の火事のことだと思っていたが違っていた。

あれは「天和の大火」と呼ばれる火事だった。

二つの火事には共通点がある。

それはどちらも娘が美少年に惚れてしまい・・・、という設定だ。

明暦の方は娘が恋焦がれて死んでしまう。

恋しい相手が着ていた振袖を娘の棺にかけてやる。

その後その振袖が転売され別の娘に渡るのだが、その娘も若くして亡くなる。

また転売されるが、次の娘も亡くなってしまう。

さすがに転売はあきらめ、寺で焼いて供養することになったが、読経中その振袖が燃え上がり、風にあおられて寺の軒先に落ち、そこから火事が始まった。

これが失火原因の一つとされるものだが、他にも原因説とされるものがある。

振袖火事が一番ロマンティックになるが、江戸市中を焼き尽くし、大勢の被害者を出したもので、本当は別の原因だったのではと勘ぐる。

4485号 スマホ決済

今やキャッシュレスは一般的とはなりましたが、大幅に普及するには少し時間がかかりそうです。

日本の紙幣は、どこかの国とは異なり、偽札は存在せず信用できるので、相変わらず現金は使われるでしょう。

先日の旅行で一緒になった人の話では、ある国へ行ったとき、買い物をしたそうです。

そしてお釣りをもらい、その隣の店で小さい買い物をして、そのお釣りで払おうとしたら断られたとか。

「そんなバカな話ってあるか!」と、その旅行者はあきれていました。

しかし流行というか時代というか、スマホ決済の流れは止められません。

そうしないとなんだか時代に乗り遅れてしまうような強迫観念に襲われます。

スマホ決済がどれほど便利なのかというと正直よくわかりません。


私はというと、まだスマホに「なんとかPay」は入れていません。

なんとなくイヤな感じがするのです。

スマホでなんでも出来るということに、基本的に少し距離を置いているのです。

そのため、私が持っているのはクレジットカード数枚と交通系電子マネーだけです。

電子マネーだけでもかなりの買い物ができます。

残高が減ってきたら、駅でチャージしておしまいです。

ある程度値の張るものは、クレジットカードを使い、電子マネーの使えない店では現金で済ませます。

友人達の話を聞いても、スマホで払っている人は少ないです。

大体スマホを持っていない人も結構いるのですから。

「HOTコロッケ」ではPayPayを導入しました。

“強迫観念”(笑)は持ちつつ、しばらく世間の様子を見て、必要と感じればスマホ決済を採用するかもしれませんが、当分は今のままです。


4484号 映画「ボーダーふたつの世界」

後味のよくない映画だった。

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<スウェーデンの入国管理局で勤務するティナは、特別な嗅覚の持ち主で、目の前を通る人々が隠し持っている違法なものをいとも簡単に突き止めることができた。

ティナは奇形の顔を持ち、それゆえに人々から離れた自然に囲まれた家に恋人のローランドと静かに暮らしていた。

ローランドはほとんど働かず、ときおり犬のトレーナーの仕事をする程度で、あとは酒を飲んでテレビを見るような怠惰な毎日を送っていた。それでもティナにとっては誰かが家にいてくれることがありがたかった。

ある日の勤務中、ティナは背広を着た男を空港で呼び止め、持ち物検査をした。その男はメモリーカードに児童ポルノを隠し持っていた。

その一件をきっかけに児童ポルノを取り締まっている刑事にその特別な能力を認められたティナは、捜査に協力するように依頼される。

翌日、ティナは空港で別の不審な男を止めた。彼もまたティナと同じような奇形の顔をしていた。所持品を全て調べても違法なものはなにも見つからなかった。その代わりにティナは男に強いシンパシーを抱き、彼に近づきたいとさえ思った。

別の日、また同じ男を空港で見かけ、取り調べをしたことをきっかけにティナは彼が自分の家の近くのホステルに泊まる予定であることを知り、自ら男に近づいていく。

男の名前はヴォアといった。すぐに意気投合した二人だったが、ヴォアには信じられない秘密があった。>


なにしろ主役のティーナの容貌(メイク)が怖いのだ。
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そして同じような顔をしたヴォーレも気持ちが悪い行動をする。

私は結構怖いシーンに弱いので、薄目を開けてはっきり見ないようにしている(笑)。


ティーナとヴォーレのメイクは、ネアンデルタール人のような風貌を作っていた。

映画の中でヴォーレが、「人間にはわからない」とか「人間にはなれないから」とか言う。

私の想像は、ネアンデルタール人のDNAが北欧に残っていて、その子孫が細々と生活している・・・なんて思ってしまった。

http://border-movie.jp/



4483号 「日展」へ

今年も「日展」の季節になりました。

去年の日程を見ると11月16日に行っています。

1年の過ぎるのがなんとも早いものです。

15日の(金)に行ってきました。

新国立美術館はいつ見てもすばらしい建物に見えます。
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中も立派。
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今日は「日展の日」ということで、無料日でした。
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無料の日は写真を撮ってはいけない日でしたが、しばらくそのことに気が付かず、3枚だけ日本画を撮りました。

こういう写真のような絵が私の好みです。
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これもそうですね。
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見終わって外に出ると、オー六本木ヒルズが・・・。
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近くのタイ料理の店に行こうとしましたが、列ができて客が外まで溢れていました。仕方がないので「東京ミッドタウン」へ行き、この店に。
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小籠包が結構おいしくて、他の店で食べたものよりいいと思いました。

4482号 採血

16年の2月に前立腺がんの手術をして、以来定期的に血液検査をしてPSA値を調べています。

血液検査はかかりつけのクリニックで、3か月おきにやっているので重複しますが、先方の医者の都合(笑)もあるので、1年ぶりに行ってきました。

江戸川病院の付属施設、「メディカルプラザ江戸川」というところが外来の施設です。

1Fの外来診察の機械に診察カードを差し込むと、受付へ行ってくださいとメッセージが出ました。

受付では「半年以上来ないとあれは使えません」ということでした。

検査表をもらい、4Fの泌尿器科の受付で検査表を出し、しばらくして「3Fの採血カウンターへ行ってください」

もう何度もやっているのでよくわかっています。

診察カードを箱に入れると、そのうち呼ばれて番号札をくれます。

デジタル表示板を見て、自分の番号が出ると、採血室に行きます。

採血する場所は3か所、次から次へと3人の看護師が採血しています。

1日に何人の採血をするのでしょうか。

私の隣に座って順番を待っていた(私より少し年上か)男性が、採血している女性看護師に向かって「斎藤さん私をお願いします。」と言うではないですか。

私が思わず「エー!指名できるんですか?」と聞くと、「冗談ですよ、昔からよく知ってるんで・・」と笑いながら答えました。

「私は40年前からここに通ってるんですよ。病気のデパートでいろんなことをしました。」

「40年前というと、この施設はなかったですよね?」

「ええ本館だけでした。でも今は大きくなって院長がやりてだから・・」とか。

採血が終わり、4Fに戻りまた順番を待ちます。

持って行った本を読みながら、時々番号表示をチラリ。

自分の番が来ました。

中に入ると手術をしてくれた先生が「お久しぶりです」

「どうですか?」と一般質問。

「PSAはゼロに近い値でした」

結果はわかっていましたので、数分で退出しました。

病院内は人がいっぱいで、ほとんどが高齢者です。

1Fの支払機に診察カードを差し込むと金額表示されました。

周りにも人だらけ、外に出ると、タクシーが何台も来ていて、向こうには救急車の姿も。

平均寿命が50歳台だった昔は、病にかかるとたちまち死を迎えていました。

平均寿命が延びて高齢になると、病気になる確率が増えるのですが、医療の発達で治療が可能になります。

そのあとの検査・治療・薬など金のかかることが続きます。

長生きできるのはありがたいことですが、そのため国の医療財政が厳しくなるのです。


4481号 東京→札幌

オリンピックマラソン競技の開催場所が札幌に変更された。

そろそろ雪が降り、マラソンコースの計測ができない事態になるかもしれない。

IOCはそうなると「札幌マラソンのコースをそのまま採用しよう。あらためて計測は必要ない。」とか言い出すかもしれない。

札幌でやるためには、そのほか様々なハードルがあり、これは関係者に頑張ってもらうしかない。

東京と札幌のどちらがいいのか、これは誰もわからない。

やってみて初めてわかるのだ。

仮に東京が変更に納得せず、東京でやると強行したとする。

その場合、実際の競技で脱落者が大勢出たり、最悪救急車を呼ばなくては命に係わるといった事態が生じたら、「だから言ったじゃないか」と言われ、誰が責任を取るのか。

一方決定した通り札幌でやって、それでも脱落者や死亡事故が起きると「やはり東京がよかったのじゃないか!」という意見が噴出する。

この場合は東京の責任はなくなり、IOCの強引なやり方が責められる。

天候の様子でも異なる結果となるから、本当にやってみなければわからないのだ。

なにも起きないことを祈るしかない。

今のように莫大な金がかかり、マラソンに不適な真夏に開催しなければならない現状が続けば、もう開催したいと手をあげる都市は激減するだろう。

もはやオリンピック精神は失われており、開催の曲がり角がもうそこまで来ている。

4480号 昔の友とゴルフ

毎年春秋に開催されている元の会社の仲間とのゴルフ、「アサヒスクラッチゴルフ会」が13日に行われました。

参加者12名、場所は「成田東CC」、以前「成田スプリングス」と言われていたコースでした。

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難しいコースでした。

距離もあるし、ペナルティエリアも効いていて、なかなかスコアが出せません。

18番はその最たるもので、ダボは当たり前のホールです。

その上、18番には古いですが固定された観覧席があり、以前なにかトーナメントでもやったのでしょうか?

途中空に虹が・・・。

私のロングパット成功を祝してかも(笑)
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客の入れすぎでしょうか、各ホールで待たされることが多く、とてもカートに書いてある「PLAY FAST」とはいきません。

朝の受付はカウンターで行わず、ここのカードを機械に挿入して終わります。

帰りの会計も同様で、機械相手です。

人件費節約のため、朝、車からバッグを下ろすのも自分でやらなくてはなりません。

安いから仕方がないのですが、ロビーにソファくらいほしいと思いました。


今回の幹事さんが選んだ打ち上げ会場は、なんと成田空港第二ターミナルのレストラン。

車に分乗して向かいました。

電車組の人には便利な場所で、車組には駐車場の心配もなく、なかなか賢い選択でした。

レストランは「謝朋殿」という中華でした。

成田空港へ出迎え見送りに行くとき、よく入った店でしたが、改めて色々食べてみて食事はおいしいと思いました。

若いといってもみな50代(?)でしたが、飲むこと食べること、すさまじい連中です。

私もかつては食べることにおいては負けない人でしたが、現在は食事に注意している立場から、抑え気味に過ごしました。

こちらはもう腹いっぱいのころ、また「何とかタンメン」「餃子何皿」と注文が終わりません。
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この写真は比較的早めに撮ってくれたもので、大したことはありませんが、次第に料理や空いた食器が並びすごいことに。

次回の幹事が決まり、日程も決めました。

楽しいゴルフ会でした。

4479号 ボールペン

ボールペンは今では100何十円で買えます。

日本のボールペンは品質が良いので、世界中で使われています。

日本製品ボイコットを表している韓国の高官が、なんと日本製ボールペンを気づかずに使っていたという“笑い話”がありました。

昔のことです。

クロスのボールペンというのが有名で、海外からのお土産によくもらいました。
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インクがなくなると替え芯を付け替えます。

新婚旅行から帰ってきた当時の部下から、えんじ色のブランドボールペンをいただいたことがありました。
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21世紀になり、もはやブランド物をありがたる意識はなくなり、文房具屋で売っている何百円かのもので満足しています。

そういえば腕時計も同じように、正確に時間がわかればビンゴの商品でもOKです。

ボールペンで線を引くとき、定規をあてて作業をしますが、何本か引いているうちに、定規のふちがインクで汚れてきます。

気づかずにそのまま続けていると、紙を汚す結果が起きかねません。

リビングのテーブルにペン立てが、と言っても、ボールペンだけでなく、ハサミやカッター、赤い鉛筆などぎっしり詰まったものを置いています。

1階の私の部屋(パソコン、ゴルフ、ギターetc)のペン立てには、ペン類を入れるケースと、それとは別にハサミ・カッター・マジックインキなど、ごちゃごちゃ入っています。

ボールペンのインクが出なくなるとゴミ箱にポイです。

4478号 落語「湯屋番」

この落語の登場人物は、勘当された若旦那の徳次郎(徳さん=勘当された若旦那は大体徳さん)、徳さんを預かっている大工の熊さん、熊さんのおかみさん、湯屋の主人。

あとは徳さんの妄想から出て来る女性たち・・・。

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<大家(たいけ)の若旦那、遊びが過ぎて勘当中で、出入りの大工職人の熊五郎の家の2階に居候の身の上。何もしないで食っちゃ寝てばかりいるので、熊さんの女房は迷惑だ。女房にせっつかれ、熊さんは若旦那に湯屋へ奉公を勧める。

そこで徳さん奉公に出る。浜町の「梅の湯」で、ここの女将が25位でいい女だから、病弱な亭主が死んだら後添いに入るんだ。その奉公に入る話は橘町の頭に話してもらったから大丈夫。

湯屋に来てみれば、「身元は知れているから良いが、道楽者だと聞いたが・・・」。「それが私。良ければ番台に上がらして」。「番台は私と女房以外は上がらせないんです。だからダメ」。そこに奥から食事の用意が出来たと声が掛かった。「では」と言う事で待望の番台に上がった。

さて、番台に上がって早速、女湯を眺めるもこれがガラガラ、それに引きかえ男湯は混んでいる。汚いケツ、毛むくじゃらの足のオンパレードで色気も何もあったもんじゃない。あてがはずれた若旦那、こうなりゃ自分の妄想の世界にどっぷりと入るしかない。

多くの男が入っている。帰る客が釣り銭を要求すると、多めのお金を持たせて帰し、自分も懐に。どうせ、この店は自分の物になるのだから。

(以下妄想)
【男はイヤだね。女は良いよ。
どこかのお妾さんが女中の清(女中はいつも清=きよ)と一緒に湯屋に来て俺をを見初めるな。
連れの女中に「ごらん。ちょいと乙な番頭さんだね」なんてね。
気を引く為に糠袋の一つもプレゼントすると「ぜひ遊びにいらっしゃい」。いいねぇ…。
ある日、俺ががお妾さんさんの家の前を通ると清が見つける。「今日は釜が壊れて早じまい」じゃ色っぽくないから、「母の墓参り」にしよう。するとお妾さんさんが泳ぐように出てきて家の中に引っ張り込まれる。手が痛い、痛いとなるな。】


湯の客も番台の一人芝居に気づき面白がって見物だ。

【お妾さんも袖を引いて「お上がりなさいよ。どうぞ、お上がりなさいまし」】

「おい、見ろよ、さっきからブツブツ言いながら、一人で袖を引いて上がれ上がれと言っているから、お前も洗っていないで、見て見ろよ」。

【では、チョットだけと言って上がると、ちゃぶ台が出て、袴をはいた徳利が1本、おつまみと杯洗に猪口が一つ沈んでいた。
酌をしてもらって、飲み干し杯洗の水で洗ってご返杯。
やったり取ったりしている内に、「今のは洗ってなかったのですが、それをご承知でお呑みになったの」と、きた時にはじっとにらむ目の色っぽさ、困ったなぁ…、弱ったなぁ。

長居すると嫌われるから帰ろうと…じゃ詰まらないから、『やらずの雨』で帰れなくなっちゃう事にしよ。そのうち雷が鳴り出す、怖くなった女は女中に蚊帳をつらせて中で震えてる。

「こっちへお入んなさいな」

女に言われて中へ入る。途端に雷がガラガラドッシン!!
女は癪を起こして気を失う。盃洗の水を口移しにして含ませると、女がぱっちり目を開いて「今のは嘘」と色っぽく。

「雷さまは恐けれど、二人の為には結びの神」

「ならば今のは空癪か」

「嬉しゅうございます、番頭さん」】

 
出し抜けに、ポカリとゲンコツが飛んできた。

「お前が豆腐屋のラッパみたいな声で『うれしゅうござんす、番頭さん』なんて言っているから、俺の下駄が無くなってしまった。下駄がない」。

「下駄なら、そこにある正目の通った下駄を履いて行きなさい」、「お前のか」、「いえ、そこで洗っている、お爺さんのです」、「お爺さんはどうする」、「お爺さんはそこの草履で帰し、最後の人は裸足で帰します」。>